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サクソフォンはいつからオケに登場したのか?

先日、たくとんこと柏原卓之さんのblogで、
ロシアの作曲家のサクソフォン使用が目立つというような趣旨の
エントリーがあり、私もコメント中に私見を書き込んだのですが
せっかくなのでもう少し整理してみます。

ただし、ここで扱うのは協奏曲的なソロ楽器の扱いではなく
あくまでオーケストラの編成内にサクソフォンが位置づけられているという作品です。

尊敬すべき友人ThunderさんがSaxophone in Orchestraという
作曲家別のすばらしいリストをまとめられているので、
私のほうは時系列的に並べていきます。っつーか、
Thunderさんのページを焼きなおしてるだけじゃん!

(以下長文注意)

オーケストラの編成にサクソフォンが加えられた曲として、
19世紀に書かれた曲としては

 1844年 カストネル オラトリオ「ユダの最後の王」
 1867年 サン=サーンス プロメテウスの結婚
 1872年 ビゼー 劇付随音楽「アルルの女」
 1876年 ドリーブ バレエ「シルヴィア」
 1887-90年 シャルパンティエ イタリアの印象
 1881-95年 ダンディ 歌劇「フェルヴァール」

あたりになります。ここまでは、すべてフランスの作曲家ですね。ちなみに

 1922年 ムソルグスキー/ラヴェル編 展覧会の絵
 1928年 ラヴェル ボレロ

ということで、ラヴェルのサクソフォン採用はけして早くはないんですね。


20世紀に入り、ようやくフランス以外の作曲家が出てきます。
以下、各国における主に最初期の作品を並べてみると

 1902-03年 R.シュトラウス 家庭交響曲

シュトラウスがなぜサクソフォンを、しかも4本も採用したのかは謎。
華やかなオーケストレーションを目指した一環だったのでしょうか。
これ以後、ドイツではあまり大々的ではないものの、一部の作曲家が
使うようになります。


 1910-16年 アイヴズ 交響曲第4番

アメリカでは、アイヴズが最初期にサクソフォンを取り入れたようです。
アイヴズの父親は軍楽隊のバンドマスターだったことが
関係してるのではないかと思われますが、そもそも
アイヴズの音楽が実験的要素が強かったことから
例外的存在と考えていいのではないかと思います。


 1914-16年 バルトーク かかし王子
 1926年 コダーイ ハーリ・ヤーノシュ

コダーイはフランスへの留学経験がありますが、
バルトークは理由は不明。コダーイとバルトークは
接点があるのは確かですが、関係なさそうですし。。


 1920年 ケテルビー ペルシャの市場
 1929-31年 ウォルトン オラトリオ「ベルシャザールの饗宴」
 1931年 ヴォーン=ウィリアムス 仮面劇「ヨブ」

イギリスでは1920年代にライト・クラシックから使われだしたようです。
おそらくジャズや軽音楽からの流れなのではないでしょうか。
ウォルトンやRVWがライトクラシックの流れからサクソフォンを編成に
取り入れることを発想したかどうかは明らかではありませんが
時期的にはありえるストーリーかと思います。


 1921年 プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」

イタリアでは意外にもこの曲が最初期のようです。
っというか、この曲にサクソフォンが採用されてたなんて今回調べて知りました。
当時、既にイタリアには大編成の軍楽隊はあったようですが。。


 1930年 ショスタコーヴィチ バレエ組曲「黄金時代」
 1934年 プロコフィエフ キージェ中尉
 1940年 ラフマニノフ 交響的舞曲
 1942年 ハチャトゥリヤン バレエ音楽「ガイーヌ」

ロシアでは、このあたりが最初期のようです。

ショスタコーヴィチは、ソビエト・ジャズ委員会に所属しており
ジャズ組曲でもサクソフォンを編成に入れていることから
その流れでサクソフォンを使った曲を書いているものと思われます。

プロコフィエフは亡命期間中フランスに滞在しており、その直後の
1930年代後半にキージェ中尉をはじめ数曲サクソフォンを編成に
取り入れています。

ラフマニノフとハチャトゥリヤンがサクソフォンを使った頃には
世界的に多くの作曲家がサクソフォンをクラシックの楽器として
扱ってたので、理由ははっきりわかりませんが、
プロコフィエフがサクソフォンを編成に加えたことに刺激されて
編成に加えたという可能性も少なからずあるかと思われます。


以上からいえるのはオーケストラにサクソフォンを加えた曲は
19世紀中はフランスでしか書かれなかったが、1920年代ころから
徐々に世界的に書かれるようになった
ということです。

で、ここからまた仮説になりますが、その年代の背景として

 ・ジャズ・軽音楽からの影響 (例 ケテルビー ショスタコーヴィチ)
 ・1920~30年代にパリを訪問・滞在した多くの作曲家がサクソフォンを認知

時期からして、後者についてはマルセル・ミュールの活躍も
影響を及ぼしているのではと考えられますね。


おまけ。日本です。

 1913年 山田耕筰 交響詩「曼陀羅の華」
 1931年 近衛秀麿 越天楽
 1938年 大澤壽人 ピアノ協奏曲第3番「神風」
 1942年 深井史朗 ジャワの唄声
 1950年 早坂文夫 羅生門

山田作品が謎です。山田耕筰は1910年から3年間ドイツに留学してますが
その間にサクソフォンに接する機会があったのでしょうか。
しかし、それにしてもこれまで見てきた(フランス以外の)作品群の中でも
相当初期に属します。ミステリアス。

近衛秀麿は山田耕筰の弟子にあたることから
その流れを汲んでいるのではないかと思われますが
あくまで想像の域。(って、上記すべて想像の域だ)

 #あ、上記の日本の曲、越天楽以外聴いたことないや。。


あー、協奏曲も気になってきた。今度調べてみよう。
ということで、書き散らしたままエントリー終了。
だれか、是非このネタで論文書いてください(他力本願
  1. 2007/11/27(火) |
  2. 音楽|
  3. トラックバック:0 |
  4. コメント:7

コメント

山田耕作はオペラ「黒船」でもサックスを使ってます。
初演は1940年ですけどね。

今度東響でやるはずです。
僕が乗れないので誰かに頼む予定w

個人的にはオケ中での使われ方として、

ビゼーのカルメンの成功→注目→アルルの女で使われてんじゃん→サックス使ってみよっか

みたいな関係とミュールの影響が大と考えます。

ドビュッシーはRapsodie書く時にすでに知らなくて困ってたようだし・・・w

けどものすごく参考になりました!
  1. 2007/11/28 00:02:00 (水) |
  2. はたえ #7SMSw2C6
  3. 編集 ]

山田さん

そうなんですよ!山田耕作が、いったいなぜサクソフォンを使用したのかは、私も長きに渡っての疑問なのです。

今のところこじ付けでは、

・山田耕作はベートーヴェンやワーグナーの他に、R.シュトラウスに傾倒していた
・「曼荼羅の華」全般に渡って(サクソフォンの採用以外の点でも)かなりにR.シュトラウスのオーケストレーションの影響が見て取れる

と言った事実から、「R.シュトラウスのスコアを規範とする過程においてサクソフォンを取り入れることとなった」とする説を最有力視しています(というか、これ以外に思いつかないです)。

じゃあR.シュトラウスはなぜサックスを採用したのかというと、実はそれが一番解りません。どなたかに教えていただきたい…。

----------

大澤はナディア・ブーランジェへの師事経験がありますので、その辺りの時代以降は合点がいきます。「神風」、カッコよいですのでぜひ聴いてみて下さい。
  1. 2007/11/28 00:20:03 (水) |
  2. kuri #-
  3. 編集 ]

シュトラウスさん

すみません、追記です。気になって眠れないので調べてみました(笑)

例の"あの本"を調べていたら、1876年生まれのサックス吹き、グスタフ・ブムケの記述に行き当たりました。ブムケはR.シュトラウスの作品を初演するなど、2人の間ではかなり親交があったようです。

1902年にはパリへ遊学し、アドルフ・サックスの息子に師事すると共に8本のサクソフォンを持ち帰ったとの事です。時期的にもぴったりですし、R.シュトラウスがサックスを取り入れたのは、ブムケの影響によるところが大きいのではないか、と思われます。

…真実を知っている方がいたら教えていただきたいです。
  1. 2007/11/28 00:37:24 (水) |
  2. kuri #-
  3. 編集 ]

>はたえさ~ん

おー、はたえさん、カキコありがとうございます。お忙しく活躍されてるようですね。静岡でお目にかかれなくて残念(いけなかった、、)
東響が黒船やるんですか!かなり聴いてみたい気満々。。またいろいろお話聞かせてくださいー。
アルルの女の成功効果は確かにあると思いますが、その効果はフランス国内に限られてたのではと思ってます。
1920~30年代のパリの文化的なスゴさを、あらためて感じました。もしミュールが活躍してた時期が少しでも違ってたら、サクソフォンの現在は全く違うものになってたんじゃないかと思ってます。
  1. 2007/11/28 00:47:29 (水) |
  2. mcken #-
  3. 編集 ]

静岡では

 Thunderさん・kuriさんがお揃いで、mckenさんがいらっしゃらず、
本当に残念でしたよー。

 おー、この記事はホントびっくりな内容ばかりでした。
勉強になりました!
いつか、たくとんさんをご紹介したいですね。
  1. 2007/11/28 00:53:46 (水) |
  2. 京青 #71o3AGGg
  3. 編集 ]

Re:山田さん

kuriさん、噛み付いていただいてどうも。blogを通じて建設的な話ができればいいですね!
スミマセン、このネタについてのリサーチ時間はわずか数分なもので、状況証拠のみでウラはほとんどありません(猛爆
確かに、グスタフ・ブムケの帰国タイミングは家庭交響曲の時期とぴったり重なりますね。ソプラノからバスまで使ったというあたりが、アドルフ・サックスの意図と重なるところがますます気になります。。
山田耕筰氏が、本当に謎です。たしかにリヒャルト・シュトラウスへの傾倒があったとしても、あまり成功策とはいえない家庭交響曲で使ったサクソフォンを、帰国前後のタイミングで採用するかというと???この辺は、ぜひ究明したいものですが。。
なるほど、大澤氏は渡仏経験があるのですね。深井氏もフランス流儀を汲んでるので、そう違和感はありません。
  1. 2007/11/28 00:58:10 (水) |
  2. mcken #-
  3. 編集 ]

>京青さん

ええ、本当に残念!
というか、静岡って東京と名古屋の真ん中じゃないですか!
たくとんさんには、mixi経由でメッセージを送ってみました。
えー、来月名古屋出張がありそうですが、日帰りでまったく余裕なさそうです(悲

  1. 2007/11/28 01:00:23 (水) |
  2. mcken #-
  3. 編集 ]

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